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強迫性パーソナリティ障害・強迫性人格障害

 

強迫性パーソナリティ障害とは
自発性に欠け「原理原則」を優先するが余り、結果「幸福を逃す」ものである。


あなたの「夫」「彼」「父親」「上司」のいづれかに原理原則がとても強く、自分の考えを決して曲げず、融通が効かない頑固な方が身近におられませんか?「そうそう、あの人はそうだよね」と、複数の該当者が思い浮かぶのではないのでしょうか。
 

しかし、強迫性パーソナリティ障害の傾向を強く持つ人の場合は「そんな傾向があるよね。」程度の生易しいものではありません。融通の利かない頑固者の領域を軽く超えて行きます。
 

強迫性人格障害と言う位ですから、その強迫的観念において社会生活や家庭内でもその性質により大きな障害を来たす訳です。
 

「責任感」「義務感」「秩序」「常識」「生真面目」「頑固」「流儀」「完璧主義」「倹約 (ケチ)」
 

上記の特徴は、それはそれで有意義かつ結構な面でもあり、その気質を評価をしても良さそうなものですが、その程度が問題となるのです。
 

それらの全てに於いて「度が過ぎる」のです。要はこだわりが強過ぎて本質を見失ってしまうためにとても幸せな状態には誰の目にも映りません。 強迫性パーソナリティ障害の方は、情緒面や文化的な興味が薄く、夢やユーモアなどのイメージからは掛け離れ、物事に疑問を持った場合には言うことも必要以上に細かく、相手との妥協点や妥協案の模索もすること無く「原理原則」により全ては決定されます。
 

そして強迫性パーソナリティ障害の方には、お金の概念にも特徴があります。お金とは最悪に事態に備えて「蓄えるもの」となります。趣味や旅行・行楽・ファッション・観劇・記念日のディナーなどの出費は厳禁であり家族の提案に首を縦には振りません。妻や子供が夢を語れば、即座にそれを批判的し、懐疑的にしか受け止めません。そのため妻や子供は常にガッカリし、その生活ぶりに虚無感を抱いてしまいます。
 

そうなれば当然家族からの求心力は消え失せ、やがて孤立してしまいますが、本人は自分が正しいのであり、自分の気持ちを理解しない周囲に問題があると捉え、頑なにその偏った歪なまでの原理原則主義を手放しません。
 

本来であれば普通の人であれば「浮いている本人」に著しい苦痛を伴うことになるはずですが、原理原則に従わない周囲に問題があると思い込んでる訳ですから、強迫性パーソナリティ障害の方としては、自分に問題の自覚が無いの悩んだり苦しんだりしないのも当然です。
 

それよりも妻や家族や友人や職場など人が、その夢の無い思考、厳格さや融通の効かなさにガッカリし疲労憔悴し、妻は子供の前でも暗い表情となり、子供にも「幸福感の薄い母親」と接し、父を見ても「人生を楽しむ素養」が身に付かず、負の連鎖という二次的な被害が及ぶケースは少なくありません。
 

 

聖心こころセラピーの強迫性人格障害への取り組み

 

原理原則に縛られて生きて行くことには本来大いなる苦痛を伴います。
これに対して苦痛を感じていないのであればそれは「骨折をしているにも関わらず気づかずに歩いている」状態と言えるでしょう。
そろそろ「出来もしないのに完璧主義」を脱してテキトーさ加減を身につけなければ奥さんに逃げられたら大変です。
そうならない内にお気軽な気持ちで、聖心こころセラピーへお越し頂くことをお勧めします。